2009年3月25日水曜日

我慢の国

SURと言うのはザルマ語で我慢と言う意味。日々日常の中でよく使われる言葉です。
何か嫌なことがあっても我慢だ我慢。使い方おかしいんじゃないの?って思う所でもスールだスールだ。と言いくるめられますが、大体が納得行かなくて反論してしまっています(笑)
前にもバレー熱がUPしていると書きましたが、熱くなれば熱くなるほど悩みも増え、凹む事も増え人生で白髪と水虫と痔だけは無縁だと思っていましたがそのうち二つ、白髪を発見し、水虫疑惑が出てきました。(水虫はどうやら誤診で細菌によるものらしい。良かったー。)
熱が入れば入るほど、怒る回数も増えていたこの頃。
子ども達にはマダムはいっつも怒っていると思われ、俺たちのことが嫌いだから怒るんだ!と誤解され、終いには他の中学校に練習に行くと言われ大泣きしました。
やけ酒でしたね。ニジェールで千鳥足になりましたから(笑)。
でも、大好きだから怒る上手くなってほしいから怒る、仲間の大切さをわかってほしいから怒る、勝ちだけが全てじゃないと理解してほしいと言う気持ちは簡単には分かってもらえず今回の事態が起きました。すごく悲しかったです。
確かに自分の中学生の時は、顧問の先生が怒ることが理解できない時も多々あった。
それは、引退してからまた卒業してからよく理解できた。そして先生がどれだけ自分たちを思ってくれて時間を割き、考えていてくれたかが分かった。本当に凄い先生だと思ったし、自分もそんな先生になりたいと思い免許を取り、今ここにいる。
残された時間は実質3ヶ月(雨季に入ると子ども達は畑へ仕事をしに行ってしまうので)。少し焦りもあったのか・・・。
同任地隊員に話を聞いてもらって、「若いから怒れるんだよ。怒るのはすごくパワーがいる。逆に羨ましいよ。それだけ怒れるのは子ども達が好きってことだし熱いって事。」など励ましの言葉ももらいましたが、私は切実に“怒らない人間になりたい”と思いました。本当に切実に…。その日は飲んで帰り、ガルに愚痴りでもガルにはそんなお酒を飲んで酔っ払うのは良くない。それを子ども達が見たら悲しむし、俺もそんなSALIMAを見たくない。と叱られ(本当にお父さんのようなガル。)また泣き、子ども達と関わるには我慢も大切だと教えられました。
次の日も仲良しのニジェール人(いっつも笑顔で迎えてくれて励ましてくれるおばちゃん)
の家に行き、その人の人柄や握られた温かい手にまた泣きそして、また我慢だと言われました。
その日は、DOSSOから80キロ離れたこれも仲の良いニジェール人の校長先生(その村には一つしか、そして一クラスしか学校がない)の村に遊びに行く予定だったので、気分転換にもいいだろうと思い、小学生とバレーをし初心者の子ども達とそれを優しく指導するイブラヒムを見て、自分がプワ~っと光の中にいるような感覚になり自分が情けなく、そして初心に戻ろうと思い返すことが出来ました。
そして、昨日子ども達と顔を合わせ意外とケロっとしている姿に驚きながらもミーティング。子ども達に、楽しむだけのバレーをしたいのか、上手くなりたいのかを聞きました。
楽しむだけなら、私は怒らない。でも上手くなりたいのであれば場合によっては怒るときもあるかもしれない。そして、私は勝ちが全てじゃないと思っている。(ニジェール人はすごく勝ちにこだわるので)それよりも、その過程が大切だと思う。だからもしあなた達が勝っても良くないと言うときもあるかもしれないし、負けても良かったと言うかもしれない。
目標を持つこと、それに向かうことが大切なんだよ!嫌いだから怒るのではなく、皆が好きだから、そしてなによりバレーが好きだから怒るんだということを説明しました。
自分でも驚くほど落ち着いて話せ、フランス語もスラスラ出てきてビックリ。
そして、また涙。それにつられてか子ども達も涙。そして「俺たちもマダムが好きだ。」と言ってくれました。一つ誤解があったのは、子ども達は私が帰ったらCEG1に練習しに行くと言っていたこと。血が上っていたせいかそこを聞き逃していた私。恥ずかしかった。なので私も少し我慢をするね!と怒ってばかりでいてごめんね。と伝えました。
体でぶつかって、立てなくなるくらい落ちこんでも自分の信じている物(信念)があれば絶対に気持ちは伝わると思った。時間はかかるかもしれないけど。何度も何度も壁にぶち当たっても乗り越えられない壁なんてない。また子ども達から教わりました。
異文化で活動するには自分の考えを理解してもらうことはすごく時間がかかる。
自分もここの文化を受け入れ、我慢することもしなければいけない。それを感覚の違いといって流してしまうか、受け入れて吸収していくかそれは自分次第。
魂の成長のためにもっともっと色々なことを吸収していこう。
これらはきっと自分自身のためだから…。

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